ニコマコス 倫理 学。 橋本努北大講義アリストテレス「ニコマコス倫理学」

アリストテレスの中庸、中間の倫理学とは。簡単に分かりやすく解説、要約する。

学 ニコマコス 倫理

しかし幸福の内容は人によってまちまちである。 なので私たちは「牛や馬は幸福である」とは決して言わないのだ。

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アリストテレス『ニコマコス倫理学』まとめ

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かくも著しい差異のあるいろいろのものが通約的となるということは本当は不可能なのであるが、需要ということへの関係から充分に可能となる。 【名誉に関する徳】(3章-4章)• 例えば、革加工の技術は馬具(馬術)を目的とし、刀鍛冶の技術は剣(剣術)を目的とし、その馬具と剣は騎馬兵(騎馬術)を目的とし、さらに騎馬術は統帥(統帥術)を目的としています。 対処の仕方が肝心だ、というわけだ。

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アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 1

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カント以前の構図 本書でアリストテレスは、最高善を幸福として、これに達するためには中庸の徳(=卓越性=アレテー)を身につけなければならないと主張していた。 事実、自分かぎりのことがらにあっては徳のはたらきを発揮することができても対他的なことがらにあってはそれのできないひとびとが多いのである。 ゆえに知性の活動、観照的な活動が究極の幸福なのだ。

ニコマコス倫理学(上)

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「けち」や「臆病」も不正義なのである(第4巻第1章など)。

アリストテレスの倫理学:幸福と中庸

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だから、彼らすべてが同一の快楽を追求しているわけではないが、しかしやはり、彼らのすべてが快楽を追求していることは事実である。 そのようなことをやりつづけられない人というのは、無意識の生物としての原始的な感性に突き動かされて、論理とは反対の行動をとっている人である。

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アリストテレスの倫理学:幸福と中庸

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われわれはむしろ、快楽とは『本性的な状態の活動』であるとなすべきであり、また、知覚されたに代えるに障害なきをもってすべきであろう。 けだし、人間交渉というなかにも、随意的なものもあれば、不随意的なものもある。

アリストテレス「ニコマコス倫理学」に関する覚書 1

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その読解は決して容易ではないが、私の力の及ぶ限りで拙劣な評釈を試み、自らの人生に活かしていきたいと思う。 すなわち、最初のうちは知性の働きは強く触発され、緊張してこれらに関して活動する……のであるが、まもなくその活動は……弛緩したものとなるのであり、だからして快楽もまた、最初のような生彩を失うにいたる。 第3章 - 「快楽」は「善」ではないとする説。

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『ニコマコス倫理学』要旨・要約、感想とレビュー

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第14章 - 2. 図書館にもいくつかあると思うので、興味があれば読んでみてください。 なお、本書に限ったことではないが、アリストテレスはいかにも学者チックなスタイルで議論を行う。

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